株式会社 ケーヤード Second Lifeに・・・ 乾杯! 第一金龍丸 K-Yard の北海道14トン型漁船実績表をご覧ください 北海道に進出第一号船がこの第一金龍丸でして、 北海道の実績は 頓別の吉田からです。 私の思い入れは小さいはずはない。 初回の建造打合せに出向いたのは平成元年の冬、 とにかく吹雪。 寒い・暗いの オホーツクのイメージが、 勝手な事に現在は明るく・自分の生きがいの場に なっていようとは。 当時私は31歳、 悲しい事に船主は竣工1年目に他界 されました。 船主の長男(現在の船主・船頭の秀一さん)は当時は中学生だった。 おそらく、 私は、 秀一さんに負けないくらいの思い入れがこの船にある。 2006年11月に島根の漁師さんが頓別まで取りにこられた。 当然 私はわざわざ 出向いてでも見送りに来ないわけがない。 秀一さんと乗組員3人の関係者と 島根2人と抜海まで時化海の中 乗っていくことに。 当然の成行きでしょう。
横に振られる時の衝撃が小さい、 何か、 まだまだ価値がある、 ただの期限済み船と次元が違う。 時代経てども船は器が命、 乗りの良さ抵抗のない走りの個性は、 いつまでも船型性能として残る。 主機関(小松A140)は新造の時のまま、 まだまだ自信を持って次の船主さんによろこんで使って 頂けるでしょう。 なんか島根ではこのまま最新船型で勝負できるかもしれない、 さすが元祖様だ。
ほんと何気なくしてるけど 名残惜しい気持ちで 目が泳いでる。
何か、 わかる気がする、 海に出れば自分たちを守ってくれてた大きな・大きな器だったもの
気仙沼からの新造船回航出港より寂しい。 多分 俺も秀一も そのうちに必ず島根に見に行くと思う、 ホタテの宣伝を兼ねて。 船頭(自分)以外の人が、 第一金龍丸を操舵し 行ってしまう姿。 秀一の大節目の一歩だな。
2007年3月竣工、 K-Yardも北海道での第二の創始、 見てくださいよ この船型。 空回りするほど 気を入れすぎた? 何か秀一の親父が、 「おめんとこの船は ここら辺では10年は価値などわからんから」 と当時 言ってたのを思い出した。 それと、 20年も前に 「コマツA140で22ノット、ホタテはこれからは20トン積める事。 できなければ返品する」 といった御仁。 この人のおかげで、 今のこの船&K-Yardがある と素直に思う。 でも、 もう、 へんな10年呪文だけはやめてくださいね、 感謝申し上げます。 |